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仙台高等裁判所秋田支部 昭和56年(う)40号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤結晶三袋を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人平川信夫作成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官瓜生貞雄作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

各控訴趣意中原判示第一の事実に関する事実誤認の主張について

各論旨は、要するに、原判示第一の覚せい剤は、被告人が昭和五六年三月六日朝原判示ホテル一三号室において同室備付けの冷蔵庫裏側を見た際に発見したがま口に入っていたものであって、被告人が同室に持参したものではないから、これに反する事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、検討するのに、なるほど、被告人は、所論の点については、捜査段階の当初作成された昭和五六年三月六日付供述調書(A)中において、原判示認定にそう自白をした後は、捜査段階及び公判段階を通じ論旨にそう供述をしているが、B子、C子、D子及びF子の司法警察員に対する各供述調書中の供述に照らすと、被告人の右自白は信用し得るのに対し、論旨にそう被告人の右各供述は信用し難く、右B子ら四名の各供述及び被告人の右自白によれば、原判示第一の覚せい剤は被告人ががま口(原判決が証拠として挙示しているもの)に入れて原判示ホテル一三号室に持参したものと認めざるを得ない。

所論は、右B子の司法警察員に対する供述調書中の供述によれば、同人は、被告人が右一三号室を利用する前に同室を掃除し、その際右冷蔵庫の裏側を見たときには右がま口はなかった、というのであるが、右C子の司法警察員に対する供述調書中の供述によれば、掃除の際冷蔵庫の裏側を見るのは客が冷蔵庫の中のビールなどを飲みながら代金の支払いを免れるためその空びんを冷蔵庫の裏側に隠すことがあるためである、というのであるから、同人らが冷蔵庫の裏側を見る際にはビールびんなどの存在のみに注意して見ればよいし、同室の冷蔵庫の置かれていた状況からも冷蔵庫の裏側を丁寧に見ることはできなかったはずであって、右B子の供述は信用できず、また、右F子の司法警察員に対する供述調書中の供述も、同人が本件の二週間位前被告人に合った際に見た被告人所持のたばこケース様のものと右がま口が同一物であると断定した供述ではないから、右供述も信用できない旨主張するが、司法警察員作成の実況見分調書によれば、右冷蔵庫は高さ八〇センチメートル位の小型冷蔵庫であって、その置かれた状況もその裏側が見えにくい状況ではなく、しかも、押収してある右がま口は赤、黄、青などの目立ちやすい色を含む多彩な布製のがま口であることに徴すると、右B子が右冷蔵庫の裏側を見たのが所論の目的によることを考慮に入れても、同人の右供述は信用し得るものといわなければならず、また、右F子の司法警察員に対する供述調書中の供述は、見せてもらった右がま口はたばこケースであり、本件の二週間位前に被告人に会った際、自動車に乗っていた被告人が右たばこケースのライター入れのところを持って振り回していたので、見覚えがある旨の供述であり、押収してある右がま口が右のように色彩に特色のあるがま口であること、右がま口にはライター入れともみられる小袋が鎖でつながれており、右がま口はその形状、大きさをも考慮するとたばこケースともみられるものであることなどに徴すると、同人の右証言も十分信用することができ、同人が本件前に見たたばこケース様のものと右がま口は同一物と認めるのが相当である。

してみると、原判決には所論のような事実の誤認は存しないものといわなければならないから、各論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中原判示第二の事実に関する訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判示第二の事実に対応する本件公訴事実は原判示第二の事実と同一であるところ、右公訴事実記載の犯行の日時、場所及び覚せい剤の使用量は極めてあいまいに表示されているから、右公訴事実の訴因は刑訴法二五六条三項に違反する不特定の訴因といわなければならず、そうすると、右公訴事実についての本件公訴の提起は無効であって、同法三三八条四項により公訴を棄却すべきであるのに、原審は右公訴事実につき実体審理をしたのであるから、原審の訴訟手続には不法に公訴を受理した違法がある、というのである。

そこで、検討するのに、記録によれば、原判示第二の事実に対応する本件公訴事実(以下本件公訴事実という。)は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五六年二月末ころから同年三月六日ころまでの間、青森市内若しくは五所川原市内において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する水浴液若干量を自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。」というのであって、本件公訴事実には犯罪の日時、場所及び覚せい剤の使用量につき幅のある表示しかなされていないことは所論のとおりであるが、刑訴法二五六条三項が「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定したのは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人の防禦の範囲を示すことを目的とし、これによって既判力の及ぶ範囲を明らかにして二重処罰の危険から被告人を保護しようとするものであるから、訴因に表示された犯罪の日時、場所及び方法は、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものであって(最高裁判所昭和五六年四月二五日第一小法廷決定、判例時報一〇〇〇号一二八頁)、右のような法の目的を害さない限り、ある程度幅のある表示をすることが許されるものと解すべきであるところ、これを本件についてみるのに、本件公訴事実に関する起訴当時の証拠によれば、(イ)被告人は、昭和五六年三月六日原判示ホテル一三号室において原判示第一の覚せい剤所持の罪により現行犯逮捕され、その際、右覚せい剤のほか被告人が所持していた注射筒、注射針等を押収され、同日警察官の求めに応じて尿を任意提出し、鑑定の結果右尿から覚せい剤が検出され、しかも、被告人の腕に注射痕が認められたので、被告人は、覚せい剤使用の被疑事実につき取調べを受けたが、これまで覚せい剤を使用したことは全くない旨終始被疑事実を否認したため、被告人の覚せい剤使用の日時、場所及び使用量については具体的に特定するに足りる証拠が得られなかったこと、(ロ)被告人は、同年二月二五日五所川原市に来て同月二六日から同月二八日まで同市所在の原判示ホテルに投宿し、翌三月一日から同月五日までは青森市内の母の家に居住し、同日午後一〇時ころ五所川原市内に赴き、翌六日午前零時過ぎころ右ホテルに投宿したことがそれぞれ認められるから、本件公訴事実記載の犯行の日時、場所及び覚せい剤の使用量は、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものと認めるのほかはなく、しかも、記録によれば、検察官は、原審第二回公判期日における冒頭陳述において、証拠により証明すべき事実として、被告人は、同年三月六日原判示第一の覚せい剤所持罪により現行犯逮捕され、同日警察官に尿を提出し、鑑定の結果右尿から覚せい剤が検出された事実及び右(ロ)の事実を挙げており、このことと本件公訴事実を併せ考えると、検察官は、被告人が提出した右尿から検出された覚せい剤を自己の身体に注射したその使用行為を起訴したものと解され、本件のような覚せい剤使用罪の場合には右使用行為は複数回存在する可能性もあるが、本件公訴事実に複数回の使用行為が記載されていない以上、検察官としては右使用行為は一回である旨の起訴をしたものとみるべきであり、そうすると、被告人がこれまで覚せい剤を使用したことは全くない旨争っている本件のような場合には、本件公訴事実に右のような幅のある日時、場所及び覚せい剤の使用量が表示されていても、検察官が裁判所に対し審判を求めようとする対象も被告人の防禦の範囲もおのずから限定されているというべきであり、既判力の及ぶ範囲についても、検察官の起訴が右のような趣旨の起訴である以上、後日本件公訴事実記載の期間内に複数回の使用行為があることが判明した場合(複数の使用行為の時間的先後が明らかになった場合を含む。)にも、それが前記被告人の尿から検出された覚せい剤と無関係であることが立証できない限りその全部に既判力が及び検察官は起訴できないものと解すべきであるから、本件公訴事実の訴因は不特定とはいえず、原審の訴訟手続には所論のような違法は存しないものといわなければならない。本論旨も理由がない。

被告人の控訴趣意中原判示第二の事実に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は原判示第二の犯行に及んでいないから、これに反する事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、前記の如く、被告人が昭和五六年三月六日警察官に提出した尿を鑑定した結果、覚せい剤であるフェニルチメルアミノプロパンが検出されたことが認められ、右事実によれば原判示第二の覚せい剤使用の事実は肯認せざるを得ない。

所論は、被告人は最初尿を提出してから四、五日後もう一度尿の提出を要求されて提出しており、最初提出した尿から覚せい剤が検出されたなら二度目の尿の提出を求める必要はないはずであるから、右鑑定は信用できない旨主張するが、《証拠省略》によれば、被告人が最初提出した尿の鑑定は、同月一〇日に着手され同月一二日に終了しており、被告人が警察官の求めにより二度目の尿を提出した同月一〇日には右鑑定の結果は判明していなかったのであって、警察官が被告人に二度目の尿の提出を求めたのは、最初提出された尿から覚せい剤が検出されなかったためではなく、被告人が最初尿を提出した際警察官の要求に反しわざと少量の尿を提出したためにほかならないものと認められるから、右主張は理由がなく、他に右鑑定の信用性を疑うべき事情は見当たらない。

してみると、原判決には所論のような事実の誤認は存しないものといわなければならないから、本論旨も理由がない。

各控訴趣意中量刑不当の主張について

各所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実調べの結果をも参しゃくして検討するのに、被告人が原判示第一の罪により逮捕された際被告人は覚せい剤を注射するための器具を所持しており、右逮捕時被告人の両腕殊に右腕内側静脈沿いに上皮が茶色に変色した注射痕が点々と認められ、この注射痕についての被告人の弁解は信用し難いことなどに徴すると、被告人の本件各犯行は常習的犯行の一端と認めざるを得ないことのほか、被告人の前科、前歴、殊に、被告人には原判示累犯前科二犯があり、本件は最終前科の刑の執行終了後わずか半年位経ってからの犯行であること、被告人は、捜査段階以来原判示第二の犯行を終始否認し、原判示第一の犯行を捜査段階の中途から否認しており、反省の情が認められないこと、及び被告人の少年院退院後の生活態度などに徴すると、被告人の刑責は軽視できないが、原判示第一の覚せい剤の所持量がさほど多くないこと、被告人には本件と同種犯罪により処罰された前科がないこと、被告人の覚せい剤に対する親和性の程度が明らかでないことなどの諸事情を考慮すると、原判決の量刑はやや重すぎるものと思料される。各論旨は理由がある。

なお、弁護人は、被告人作成の控訴趣意書中警察官が合鍵を使用して原判示ホテル一三号室に不法に侵入して来た旨の記載部分は、警察官が右一三号室に不法侵入したことにより被告人の現行犯逮捕及びその場における原判示第一の覚せい剤の差押がすべて違法となり、原判決が証拠として挙示している右覚せい剤及びその差押調書には証拠能力がない旨の主張である、と釈明したが、右控訴趣意書中の記載部分は、その記載内容に照らして右のような趣旨の記載でないことが明らかであって、弁護人の右釈明によって右のような主張に転化するものではないから、右記載部分を独立の控訴趣意として認めることはできず、職権をもって判断しても、司法警察員佐藤彰作成の現行犯人逮捕手続書によれば、同人は、右一三号室の無施錠のドアを開けながら「ごめん下さい。警察です。」と断って同室に入り、被告人の同意を得て原判示第一の覚せい剤の入った銀紙包みを開き、その中身が覚せい剤であると認めて被告人を現行犯逮捕し、その場で右覚せい剤を差し押えたものと認められるから、右逮捕及び差押は何ら違法とはいえない。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但し書により当裁判所においてさらに判決することとし、原判示各事実に原判示関係法条を適用したうえ、被告人を懲役一年二月に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、押収してある主文掲記の覚せい剤結晶三袋は覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収し、原審及び当審の各訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但し書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角敬 裁判官 武田多喜子 山本武久)

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